ニューヨーク・タイムズ(NYT)の「イノベーション・リポート」連載5回目は「読者開発」から「編集局の強化」へと移っていきます。

読者開発とは、コンテンツを読者に適正に届けて、ファンに乗ってもらうためのプロセスでした。前回の図を再掲します。

オーディエンス・ジャーニー

これは紙の時代の編集局には不可能です。

なぜなら、紙の時代の編集局は、取材して記事を書き、それをどう紙面に掲載するかまでが仕事だったのに対し、オーディエンス・ジャーニーのプロセスはそこから始まるからです。

だからこそ、デジタル時代に適した編集局の強化が不可欠というわけです。それはコンテンツ力の強化にも直結します。つまり、「世界最高のジャーナリズムをより多くの人に届ける」という目的を達成する王道となります。

目次

  1. デジタル・ジャーナリズムを支える「編集局の強化」
  2. 読者体験、編集局戦略チーム、デジタル・ファースト
  3. 読者体験に焦点をあててビジネスサイドと協業せよ
  4. 読者体験を向上させる鍵はビジネスサイドにある
  5. ビジネスチームは編集局を支えたい
  6. 編集局に戦略チームを創設せよ
  7. 失敗は隠さず共有する。それが次に繋がる
  8. 今回のまとめ

デジタル・ジャーナリズムを支える「編集局の強化」

「編集局の強化」の章の冒頭に、こう記されています。

我々の記事が最高の水準を保っているのは、世界最高レベルのジャーナリストを雇っているからだけではない。そのうえで彼らに対する世界最高レベルのサポートシステムを備えているからだ。だが、そのサポートシステムはまだデジタル・ジャーナリズムを支えるための近代化がなされていない。

つまり、ここでいう「編集局の強化」とは、デジタル・ジャーナリズムを支えることが主眼となっています。

リポートでは、ネットメディアがテクノロジーを活用し、デジタル・ジャーナリズムを進化させ、NYTが誇ってきた「ジャーナリズムの優位性」を脅かしていることまで指摘しています。

これは重要なポイントです。テクノロジーやデータ分析を活かして組織を変革することは、取材手法やコンテンツ制作の改善にも繋がります。

ネット上のデータの大量収集や分析、ビジュアライズなど、その手法は日々進化し、簡易化しています。紙の編集部に固執していては、小規模のネットメディアにも置き去りにされます

読者体験、編集局戦略チーム、デジタル・ファースト

章は3部構成になっています。「読者体験」「編集局戦略チーム」「デジタル・ファースト」です。

イノベーション・リポートの最後に触れているのが、よく聞く言葉の「デジタル・ファースト」。この構成のもっていきかたが震えるほど凄い。それは次回の説明に回します。

今回は「読者体験」と「編集局戦略チーム」について解説します。

読者体験に焦点をあててビジネスサイドと協業せよ

このパートは、イノベーション・リポートのハイライトの一つと言えるでしょう。冒頭の見出しを引用します。

Collaborate with business-side units focused on reader experience
(読者体験に焦点をあててビジネスサイドのチームと協業せよ)

文中の太字はリポートの中では青く強調されています。新聞社に詳しい人は「おや」と思う人もいるでしょう。

この文章で肝なのは「ビジネスサイドとの協業」です。なぜならそれは、ジャーナリズムの原則の中では禁じ手とされてきたことだからです。

「Church and State(教会と国家)」という言葉で語られるジャーナリズムの原則があります。編集とビジネスは政教分離原則で教会と国家が一体とならないのと同様に、明確に役割を分けなければならない。これが常識でした。

しかし、世界最高峰の新聞社NYTがその原則を乗り越えて、協業せよという。そこで意味を持つのが太字で強調された「読者体験」です。

読者体験を向上させる鍵はビジネスサイドにある

リポートには次のような図が掲載されています。

画像2

上の図では左側にNEWSROOM(編集局)、壁で隔てられた右側にビジネスサイドの10のチーム名が並びます。

下の図では編集局とビジネスサイドの間にあった壁がずれて、ビジネスサイドのうち5チームが編集局と協業する場所に置かれています。

その5つとは、「顧客分析」「テクノロジー」「デジタルデザイン」「研究開発」「プロダクト」です。

一方でその他の5チームはビジネスサイドとして編集局との壁の反対側に残ったままです。「マーケティング」「ファイナンス」「広告」「法務」「戦略」です。

つまり、NYTの狙いは編集とビジネスの一体化ではなく、顧客分析やテクノロジーやデザインなど、読者がNYTがのコンテンツを利用する体験を改善していくのに不可欠な部門は、編集局と協業しよう、という主張です。

もし、編集部門が広告部門と一緒に仕事をして、広告取引先の企業について好意的な記事を書けば、NYTの世界最高のジャーナリズムという評判は地に落ちます。だから、その一線は絶対に崩さない。

一方で、テクノロジーやデザイン、読者がどういう記事をどう読んでいるかのデータ分析は、デジタル・ジャーナリズムが改善されるために必要不可欠です。そこは編集局と緊密に働くべきです。

このような編集局とビジネスサイドの壁の移動は、僕が日本版編集長を務めたBuzzFeedでもありました。

編集局とビジネス部門ではなく、編集局からニュース部門を切り出して、それ以外の編集局はビジネスサイドとより密接に働く体制に変化しました。

ビジネスチームは編集局を支えたい

他業種の人から見たら当たり前に見えるこの体制ですが、ながく「政教分離」を守ってきた新聞社では大変な改革です。その部分に、新聞社の中でも伝統的な組織で知られたNYTが切り込んだことは、十分に衝撃的でした。

その苦労はリポートを作成するチームがインタビューしたNYT社員たちの言葉にも現れています。編集局側からはこんな声が。

ビジネスサイドに近い人間だと見られることに対して、みんなちょっと偏執狂的に気にしすぎなんだ。

このパートの見出しで「ビジネスサイドとの協業」ではなく、「読者体験」の部分が青字で強調されていた理由もわかる気がします。

一方で、ビジネスサイドからはこんな声が出ていました。

もし我々が編集局のために働かなかったら、この会社の最も重要な部分のために働いていないことになり、責任を果たしているとは言えない。「NYTの編集局を助けられる」となると、多くの人が喜んでNYTに来るだろう。

民主主義を支えるジャーナリズムを支える仕事。確かに魅力的です。

僕が海外まで自分で取材に行って得た知見をもとにnoteでこの連載を書き、無料で公開しているのも、そのためです。

編集局に戦略チームを創設せよ

国内外の突発的なニュースに24時間対応し、かつ、中長期的な政治・経済・社会・文化の動きにも目を凝らし、歴史的な経緯を踏まえて発信する。ニュースメディアの編集は過酷な仕事です。

日々の業務をこなしながら、目まぐるしく変化するメディア環境や進化するデジタル・ジャーナリズムの潮流も追いかけることは不可能です。

リポートでは、編集局に戦略チームをつくることを提案しています。ジャーナリズムの実践経験がある人材や、テクノロジー、ユーザー体験、プロダクトやデータ分析などそれぞれに長けた人材が集まったチームです。

このチームは編集局内の様々な実験的な取り組みの相談に乗ったり、社内でメディア業界のイノベーションをリポートしたりする責務を負います。

実際にこのチームは創設され、リポートを作成した人物らも加わっています。取材や編集の日常業務を離れているからこそ、編集局全体のサポートができているようです。

失敗は隠さず共有する。それが次に繋がる

リポートでは、実験的な取り組みの大切さが繰り返し強調されています。その中で「失敗に至る効果的な方法」というコラムがこの章に入っています。

語られているのは、NYTでこれまで失敗してきたモバイルアプリや特設サイトなどの事例です。

それらはひっそりと閉鎖されたり、さらに悪いことには、もうほとんど誰も見ていないのに、ほそぼそと更新が続けられたりします。ある社員はこう証言しています。

成果指標も、短期的・長期的な目標も、評価のための期間すら設定されていなかった。

失敗して当然です。しかも、静かに閉鎖するのは「担当者の評価を傷つけないため」だったとリポートは指摘しています。

失敗は大切な学習の機会だと認識される必要があります。それが次の改善につながる。リポートはたんに組織の体制を変えるだけではなく、仕事に対する姿勢も変えるように促しています

今回のまとめ

・デジタル・ジャーナリズムを支える「編集局の強化」
・読者体験、編集局戦略チーム、デジタル・ファースト
・読者体験に焦点をあててビジネスサイドと協業せよ
・ビジネスチームは編集局を支えたい
・編集局に戦略チームを創設せよ
・失敗は隠さず共有する。それが次に繋がる

Posted by 古田 大輔

ジャーナリスト/メディアコラボ代表 朝日新聞記者・編集者、BuzzFeed Japan創刊編集長を経て2019年に独立。2020年11月よりGoogle News Labティーチングフェロー。